失恋が「昨日のこと」のように痛むのはなぜ?
朝の9時だと思っていたら、もう夕方の6時。毎日があっという間に過ぎていきます。
それなのに、別れてから何か月も経った恋は、昨日のことのように胸が痛む。一方で、もっと最近の出来事が遠い昔のように感じられる。
こうした感覚は矛盾しているように見えますが、実は私たちが「2種類の時間」を生きているために起こります。
1つ目は、その瞬間に体験している時間。2つ目は、記憶によってあとから組み立てられる時間です。脳はこの2つを別々の仕組みでつくっていて、時間にまつわる不思議の多くはここから説明できます。
仕事や会話、何かのプロジェクトに没頭していると、意識は時計に向かいません。毎日のルーティンも同じで、無意識にこなす動作が多いと、時間を意識する余地が少なくなります。「気づいたら1日が終わっていた」のは、ごく自然なことです。
過去を振り返るとき、脳は日数を数えているわけではありません。旅行、出会い、決断、迷っていた時期など、いくつかの目印を頼りにしています。そうした出来事が、人生の「章」の区切りになります。
カレンダー上では同じ半年でも、心理的な「厚み」は同じではありません。
また、自分が大きく変わったために、ある記憶が遠く感じられることもあります。そのとき感じている距離は、「あの頃の私」と「今の私」のあいだの距離なのです。
反対のことも起こります。どうしても「章」にならず、開いたままになる体験があるのです。
失恋のあとや、リメレンス(特定の人への強烈で侵入的な思い入れ。頭の中がその人のことでいっぱいになる状態)では、よくこんな経験が語られます。
この現象は「愛着」の視点から理解できます。つながりや安心への欲求が脅かされると、感情のシステムはとても強く反応します。そして、その強い感情をともなう記憶には、「いつの出来事か」という日付がつきにくくなります。頭では「もう終わったこと」とわかっていても、体は「今」起きているかのように反応し、心の一部は同じ瞬間にとどまっているのです。
これは、意志が弱いからでも、あなたが弱いからでもありません。その体験が、あなたの人生の物語の中でまだ「居場所」を見つけられていない、ということなのです。
1950年代から、ミルトン・エリクソンとローレンス・クーパーは、催眠中に起こる「時間歪曲(タイム・ディストーション)」を研究してきました。夢中で本を読んでいるときに近い深い集中状態では、主観的な時間が長くなったり短くなったりすることがあります。実際には40分経っているのに、10分くらいだったと感じる方も少なくありません。
これは単なる珍しい現象ではありません。感じられる時間は固定されたものではなく、注意の向け方や、心が体験を整理する仕方によって変わることを示しています。そして、体験の仕方が変わりうるなら、その体験との関係も変わりうるのです。
体験される時間がしなやかなものなら、特定の出来事の「感じ方」もしなやかです。エリクソン催眠のセッションでは、その柔軟さを次のように活かします。
何かを押しつけることはありません。エリクソン催眠は、あなた自身のペースと、あなたの中にある力に寄り添って進めます。主役は、いつもあなたです。
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